「漂泊の家」シリーズ総集編 八月、鳩は還るか
2005 年。上演時間たった15分の『メモ』と題された無言劇からはじまった烏丸ストロークロックの『漂泊の家』シリーズ。宿命的な孤独にさいなまれながら、家族を求め、さまよい続ける岡田ケンの半生を、2007年に第1話『白波荘をめぐる半年』、2008年には第2話『六川の兄妹』を十数回の試演会と共に上演してきました。そして2010年。
今作ではこれまでのエピソードの再構成をおりまぜながら、漂泊し続けたケンの「ひとつの終わり」を描きます。不変の「帰る場所」である「家」。ケンが行き着く家はいずこに?
烏丸ストロークロックが5年間をかけて紡ぎだした物語が、ようやく一つの終幕を迎えます。
いつもその村には風が吹いていた。わたしたちはそれを見ていた。雲は確実な力によって次々と、滞ること無く流れていった。自然の成り立ちは明らかで、絶えず世界は大気と共に流れていた。無論わたしたちもそこに属していた。深い雪は岩場を伝って流れ去り、地中深くに沈み、溜まり、流れ、同様に降った雨は羽衣のように山を白く覆った、漂った、立ち上ったかつて、かつて、ただただ当たり前で、圧倒的な営みの中に高潔なわたしたちはあった。わたしたちは含まれていた…。
2012年。東京の出版会社の編集者である飯田みどりと天童彰は、石川県珠洲市馬緤峠(まつなぎとうげ)で農業ビジネスを展開する、財団法人八月会の取材に訪れた。廃校跡を利用したその敷地で約60人ほどの住人が共同生活をしながら、それぞれ農業、養鶏、養豚などにたずさわっていた。ヤマギシ会さながらのその組織にリーダーは存在せず、組織の意志決定は持ち回り制である「運営委員会」を設け、すべて住人たちの合議によって運営がなされていた。
季節は秋。住人たちはいつにも増して多忙のようだった。日中の農作業と平行して、夜には毎年恒例の収穫を祝う祭りの準備に追われていた。今年は皆でお芝居をするという。催しの責任者も、一般人を呼んで八月会のすばらしさを宣伝すると意気込んでいる。
練習が始まる。幕があく。一人の女性がぽつぽつと語り出した。内容はある男についての話だった。岡田ケン。知らない名前だった。
京都の四条河原町の地下道で床にこびりついた黒いシミを、コテのようなものでこそいでいる清掃係の人を見かけました。驚いたのはそれまでただの床の黒いシミだと思っていた汚れが、吐き捨てられたガムだったということ。私の足下を見るとそこにもまた、あらゆる汚れを吸収しきった直径5センチほどの真っ黒に変色したガムが、影のごとく点在していました。公共マナー云々もさることながら、その地下道の床に広がるシミの群のすべてを誰かが咀嚼し、吐き出したものと考えると、それまで無機質で小汚いだけの地下道が、ガムのシミによって温度を持ちはじめたような、無数の呼吸が聞こえてくるような、そんな気がしました。生々しい、うすら寒い感触でした。
私たちの創る作品には、明確な希望や主張といったものは描かれていません。むしろこの四条河原町地下道のガムのシミのような、ささいでネガティブなものに目を向けたものを多く作っています。しかし、世界から無視、またはアカンとされている人やモノを題材として扱い、いつもとは違った視点で見てみることで、新しい価値が見いだされ、関係が生まれ、やがて希望が生まれるはずだ、と考えています。そして私たちが演劇の創り手である以上、その新しい価値は舞台と観客である皆さんとの間でなされる「対話」によって見いだすべきだと考えています。私たちが追い求めるのは言葉なき対話。舞台は多くのセリフで満たされることでしょう。しかし、セリフとセリフの間にある呼吸や、ふとした表情にこそ、語りたい本当の言葉があります。
川底の泥のように、普段は動かないけれど、大きな流れがおこれば暴れ、沸き立つ。私たちの舞台作品をご覧いただいた皆さんの、日常生活の中で埋もれている感覚や感情、そして記憶を沸き立たせ、そこに光を射てることのできる、そんな作品を私たちは目指しています。
−烏丸ストロークロック 脚本・演出 柳沼昭徳